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2022年3月 4日 (金)

「ウエストサイド物語」はやっぱりジョージ・チャキリスでしょ

 両親は昭和一桁にしては珍しく自由恋愛結婚だった。それも大学の児童劇団で出会った同窓生カップルだった。正確には学生時代にはただの知り合いか、せいぜい友だちにすぎなかったらしいが。

 その二人、映画が好きだった。父が放送局勤務だったこともあり、昭和30年代には家にテレビがあり、親子で映画やアメリカドラマを好んで見ていた。映画館へもよく連れて行ってもらった。ウォルト・ディズニー健在当時のディズニー映画はすべて見に行った。私はこだわりが強くて1回見ても気が済まず、必ず続けて2回見たがって同行者を巻き添えにしていた。当時の映画館はたいてい2本立てな上、入れ替えがなかったので、ひとたび入場したらその日の最終上映まで居座ることができたのである。

 私の記憶にある「映画館で最初に見た映画」。それはディズニー映画だったはずだが、もう確かめるすべがない。自分の中では母と二人で観た「ウエストサイド物語」から記憶がある。封切映画だったから1962年頃、私はまだ未就園児だった。近所の遊び友だちはもちろん、大人だって観にいった人はいなかったんじゃないかと思う。けれど母は、字幕も読めない幼児を連れてでも観にいきたかったらしい。

 字幕映画は母がたびたび連れて行ってくれ、隣りの席の私に字幕を読んでささやいてくれた。迷惑な幼児連れだったろうが、注意されたことはなかった。平日日中でガラガラだったのかもしれない。

 とにかく母と観た「ウェストサイド物語」。幼い私には強烈なインパクトだった。ロミオとジュリエットなんて知りゃしない。ニューヨークとかプエルトリコとか名前も覚えちゃいない。とにかく音と色とダンスが美しい世界だった。その後しばらくは、近所の遊び仲間を集めミュージカルごっこを監督出演した。有名なオープニングシーンのジョージ・チャキリスの真似っこをした。他の子は何のことやらさっぱりわからないなりに、シャーク団のリストバンド風に手首に何かを巻き、指を鳴らして足をあげて踊ってみていた。

 当時の母は30代半ばの専業主婦。周囲からは物静かなお母さんといわれていたが、子どもの私にイプセンの「人形の家」の話をしたような人だった。今思うと内に秘めた何ものかを持て余しながら、平日の日中に娘を連れて田舎の映画館に座っていたのだろうか。

 長じた私がラテン音楽、NYサルサに夢中になったのは、この映画で植え込まれたんだろうなあ。

https://www.youtube.com/watch?v=vkOLqmwGPx4

 なんでこんなこと考えたかというと、息子がファミリー登録してくれたDysney+で スピルバーグの"WEST SIDE STORY 2020" を観たからなのさ。その感想はいわないよ。やっぱりナタリー・ウッドとジョージ・チャキリスでしょ(感想いってるって!)。

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コメント

中々のお母上様でしたね、大和撫子ですものね。
ウエスサイド物語はジョージチャキりスとナタリーウッドだと思いますが、スピルバーグのも観てみたいです。マンハッタンの時代の匂い今現役監督の表現観たいです。
私が覚えている最初のディズニー映画は「バンビ」だったと思っていたのですが、母の弟と妹が私を連れて行ってくれた「ファンタジア」が初めてのディスニーだったと母は言っています。怖い場面で泣き出してしまうので、折角連れて行ってくれたのに叔父たちは最後まで観ていられなかったらしいです。

FUMIKOさん(ご本名フルネームだったので変更させていただきました)

ミュージカルこそ映画館で観たいものですが、映画館に行くのはまだ勇気がありません。ネタバレになるかもしれませんが、スピルバーグ版の方が時代考証には忠実なようです(ので薄汚い・・・)。

私がバンビを見たのは封切りではなくリバイバル上映でしたが、山火事のシーンがとても怖かったのを、この歳になってもリアルな場面とともに思い出します。

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