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2016年5月31日 (火)

マイカーシリーズ番外 "wish I could own" car

 初めてのクルマが青。次のセリカは白だったけれど、以降は今日まで青系ばかり。一説によると「青い車を好むドライバーは事故が多い」都市伝説があるそうだが、私の免許レコードは日米ともに無事故無違反(ぶつけられたことはあるが、100%相手の過失で示談)。

Susie  ある日、実家でそんな「青い車は」という話をしていたとき、母がいった。「あなたの場合は小さいとき『青い自動車』大好きだったからねえ」。
 おお! そうであった。幼い私のアイデンティティーを形成したに違いない愛読絵本、講談社のディズニー絵本『青い自動車』!!
 5歳までの幼い私の目とアタマに、しっかりと刷り込まれていたのが「青い車」であり、「クーペ」であり、「おんぼろ車を再生する物語」であったのだ。
 幼い私のアイデンティティーには講談社のディズニー絵本『小さな家』『小さな郵便飛行機』も組み込まれたと思う。小さくてもいい、時代に負けずサバイブするのだ、なのかな?

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2016年5月26日 (木)

My Fifth Car マイカーシリーズその5

 父の牡牛(トーラス)に続いて母子の生活用のもう1匹を即、手に入れるべし、のアメリカ西部入植ファミリー。言葉の不自由な国ゆえ、故障などの煩わしいトラブルを極力避けたいので、主に子どもを乗せる私の車は安心な新車を買うことにした。
 あのね、日本から赴任とかで渡米する家族の多くが、まずは中古車を買います。初めての左ハンドル右側走行とか、地理気候がわからないとか、アメリカでのクレジットヒストリーがないのでローンの利息が高いとか、優良企業だったら会社がレントで用意してくれていたりとか、前任者から譲ってもらったりとか。でもまあ最大の理由は、すぐに夫婦で2台買わなきゃならない、ってフトコロ事情かな。
 私たちはそこにさらに、メンテナンスに出した時に工場から歩いて帰れる距離のアメ車のメーカー、を条件にした。当時該当したのはフォード、ダッジの2社。でもフォードは徒歩1時間またはバス15分。バスは怖くて乗りたくないので、私の車は徒歩20分のダッジとなった。
2006_dodge_caravan_20967  さらに子どもの自転車を積めるファミリーワゴンという条件を足すと、迷う余地なく車種は「ダッジキャラバン」。母の嗜好はラベンダーブルーだったが、5歳の息子の鶴の一声でネイビーブルー。というわけで牡牛(トーラス)に続き雄山羊(ダッジのトレードマーク)が(まだコンドミニアムホテルの仮住まいに)やってきた。
 3300cc。初めてディーラーで運転席に座ったときは、トラックかと思いましたよ。こんな大きな車をアメリカで子ども乗せて運転せなならん・・・・・・幌馬車によじ登って初めて手綱を持たされたセトラー(開拓者)の母の気分やいかに。

 自慢しますが、日本では仕事の都合でレンタカーのいろいろな車種も運転したし、社員旅行でマイクロバスみたいな箱もころがした(お酒を飲めないので運転手に重宝がられた)。でもそれと、この左利きの雄山羊に毎日乗るというのはちょっと土俵が違う。いや、土地が違う。

 あ、今回長いな。

 私の5代目マイカー、ダッジキャラバンは、ちょっとハズレのメカで、年とともに点検の度に修理代がかかるようになった(新車購入だったのに)。そこにきて徒歩圏のダッジがクローズして、バス乗り継ぎでないと行けない遠くのディーラーだけになってしまった。
 とどめは暖房がきかなくなった。寒い。車内で毛布がいる。もう修理にお金と時間をかけるのはバカバカしいので買い替えることになった。5歳だった息子は14歳になっていた(ちなみに小学2年から高校卒業まで、通学送迎は母の仕事であった)。

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2016年5月23日 (月)

マイカーシリーズ番外 夫のアメ車

 「アメ車」の文字に釣られてきちゃったらゴメン。渡米したのでせっかくだからアメリカの国産車に乗ろうということで、急いで探した1台目の中古車がフォードの1996年型トーラス。不慣れなフリーウェイで何かあっても助かるようにと選んだ、頑丈そうな「牡牛(Taurus)」である。
 アメ車はアメ車だが、シャンパンゴールドという色のためか、人間に例えるならアメリカ人のおばあちゃんといった雰囲気。日本だったら3ナンバーの大型セダンだが、アメリカじゃフツーの大きさの国産車だわ。

20101019_0012  家族三人で入植した当地・アメリカ西部シリコン谷は、群馬県のような車社会。買い物も、子ども関係も、日常のほとんどがマイカーなしでは開拓生活が成り立たない。渡米早々車を2台買わなければならなかったので、経済的な理由もあってとりあえず移住責任者の夫は中古車、毎日子どもを乗せる私には新車を買った。
 あれから早14年。いつの頃からか冷房が効かなくなったままではあるが、父ちゃんのトーラスは父ちゃんと一緒に今日もシリコン谷を走り回っている。そしてドライブウェイでは、ときどきタマちゃんのリゾート地 suncatsun (座布団は干さないよ)

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2016年5月20日 (金)

My Fourth Car

Menu_main2  夫の連れ子だったプリメーラが明け渡した駐車場におさまったのは「パパママ・リバティー」。私の意識では四代目に当たるマイカーである。キャッチフレーズそのままにパパママになっていたので、我が家もファミリーワゴンの時代に移行した。
 車種はママの選択。カラーの水色はママの選択。平日にベビーカー放り込んでハンドル握るのはママ。ドライブのBGMは「たのしいどうよう」「ディズニーベストアルバム」「ジブリ全集」。ほとんど「ママ僕・リバティー」であった。

 同じ日産車でも先代のプリメーラと違い、ママ僕リバティーは故障もなく絶好調。これは長く乗れるぞと気に入っていた。のだが。ここで想像だにしなかったまさかの海外移住。ママも僕もおろして、リバティーは絶好調のうちに地元日産へ帰っていってしまった。

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2016年5月18日 (水)

マイカーシリーズ番外 夫の連れ子編

 私の意識ではマイカーではないんだけど、夫が通勤には使っていなかったので実質は私が乗っていた夫のクルマ、プリメーラ。知り合う以前に夫が買ったクルマなので、黒という色からして好みではなかった、ごめん。

 狭いながらも楽しい横浜の我が家は、狭いのでリビングの前がパーキングになっていた。日当たり抜群の南向き。そこに漆黒の鉄塊があるとどうなるか・・・・。冗談ではなく、夏の猛暑が120パーセントになって、悔しいのでボンネットの上にヤカンを置いてお湯を沸かしましたよ、これホント!!

 そうそう、プリメーラのルーフに座布団を干していたら夫が気づかずに出かけてしまい、座布団乗せたまま住宅街を走り抜け、バス通りへ出るカーブに落ちていたのを帰り道に回収、なんて楽しいこともあった。

260pxnissan_primera_front_20080721  この楽しかったプリメーラ、会津へ旅行に行ったときに宿の駐車場が急傾斜地だったためか、ルーフウィンドが雨漏りするようになった。日産で「初めてのケースです」と楽しいこともいわれたっけな。その他、何かと故障の多い車で、日産にはしょっちゅう代車を出してもらっていた。最後は買い替えで地元日産までの数キロのうちにエンジンご臨終。これにより我が家はファミリーワゴンの時代へと移行する。

 今回の写真も手持ちがないのでウィキペディアから拝借。初代プリメーラで、スポイラーはない型だった。

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2016年5月17日 (火)

My Third Car

 走りの2ドア中古クーペ2台の次は、とうとう新車購入の独身貴族。なれど鋼の実用派「軽」、ヴィヴィオ、だった。軽ならまかせてのスバルのキャッチフレーズは「シンプルリッチ」。

 当時は東京を引き払い、海辺のリゾート地で家族と同居。けれどまだ東京まで通勤していたので、最寄JR駅までの往復と、日常生活の買い出しに必需の足軽であった。もちろん4ドア、お荷物たっぷり積んで、田中の畦道もス~イスイ。されどさすがに軽、高速道路ではアクセル全開でも青色吐息でパワーがなくてコワかった。

Sb_s021_f001_m003_1_l  その後、めでたく婚活成就。私は家を出て、ヴィヴィオはそのまま母のクルマとなり、母が70歳過ぎてお上に運転免許証を返上するまで大切に乗ってくれた。おまけに軽ながら需要のある人気車種だったので(買った時も高かったけど)、スバルが大喜びで買い取り、右から左に売れてしまったそうな。

 これも写真が手元にないのでカタログ拝借。当時の日本では新鮮なラベンダーのいい色だった。

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2016年5月15日 (日)

My Second Car

 マイカーシリーズ第二弾。二代目のクルマはトヨタセリカ。愛称は暴走族セリカまたはシャークセリカ。初代のアコードをぶつけられたので、中古車屋さんをしていた知人が探してきてくれた「丸目ライト」だった。野太いタイヤを履き、エクゾーストノートもワイルド。手元に当時のアナログアルバムがないので、写真はこれと思われるプラモのイメージで代用(実際は白一色で、ラインは入っていなかった)。

4905083041383_3  初代アコードは通勤に乗っていたが、転職して電車通勤になったため、二代目セリカはもっぱらレジャーで活躍。その後の転居先で駐車場が確保できなくなったため、大学生だった従兄弟にあげてしまった。ほどなく従兄弟がぶつけて廃車。もし今、手元に残っていたらウレシかったクルマではあった。

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2016年5月13日 (金)

My first car

 最近お気に入りのTVチャンネルが VELOCITY。ひたすら一日中、クルマの番組を流している。

http://www.velocity.com/

 スクラップよりひどいんじゃないかというクルマの「残骸」を、ピッカピッカの新古車に仕立て直し、オークションなどで売ったりする。私がもしアメリカで男子に生まれていたら、こんな仕事をしていたかもしれない、っていうくらい、好みの番組。

 それでつらつら自分が初めて買ったクルマを思い出してみたけれど、なんと姿が思い出せない。色は覚えているけれど、カタチは特徴なかったからなあ。ごそごそとアナログ時代のアルバムを探し出し、おお、これこれ!

Accord_12 Accord_22

Accord_32

たぶん1980年代のアコードを中古で購入。2年くらい乗って、目黒通りでぶつけられ、やはり中古のセリカに乗り換え。

この頃はすでに旧型になっていた「丸目ライト」が好きで、次の中古セリカも、今の中古マスタングも「丸目」。

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